「健康経営を学ぶ」第1回「健康経営申請に関する総括」

著者:山野美容芸術短期大学 教授
新井研究室 主宰
新井卓二氏

「健康経営」と言う言葉を知っていますでしょうか? 昨年の健康経営優良法人2022では,経済産業省等が主導している健康経営度調査(企業が取り組む「健康経営」についての進捗度合いを調べる調査)に,日経平均株価を構成する225社のうち84%が回答しています.また昨年末の経済産業省の発表によると本年の健康経営優良法人2023では,上場企業としては1128社(全上場の約3割)が回答しており,大企業を中心に普及している経営戦略となります.

さて,健康経営は、経営学と心理学の専門家であるアメリカのロバート・ローゼンが1992年に出版した「The Healthy Company」訳書は(「ヘルシー・カンパニー人的資源の活用とストレス管理」宗像恒次監訳、産能大学出版部、1994年)の中で、同義の概念を提唱したことが発端とされています。

日本では2006年に、元大阪ガス株式会社の産業医である岡田邦夫がNPO法人健康経営研究会(http://kenkokeiei.jp/)を発足させました。また、2010年には、経済産業省が医療費の削減を目標に、健康会計(仮称)を提唱し、これが普及を促しました。さらに同年、健康経営と名が付く初めての書籍(「会社と社会を幸せにする健康経営」田中滋、川渕孝一、河野敏鑑、勁草書房、2010年)が発刊されました。

2015年には、経済産業省と東京証券取引所の共催で、上場企業を対象とした健康経営銘柄の選定が行われ、これは現在まで毎年続けられています(http://meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenko_meigara.html)。2017年からは、経済産業省と日本健康会議の共催で、上場企業を含む医療法人や、未上場企業も対象にした新たな顕彰制度である健康経営優良法人認定が開始されています(http://kenkokaigi-data.jp/company/)。

さらに,2023年の本年から回答に申請料金(大規模法人部門:税込88,000円、中小規模法人部門:税込16,500円)が導入されました.これは昨年6月から始まった補助事業(日本経済新聞社による「ACTION!健康経営(https://www.kenko-keiei.jp/)」運営等)にかかる経費となり,制度開始から前年まで無料でしたので大きな変更でした.しかし結果的にすべてのカテゴリーでの申請者が増えました.理由は,金額的にも多額ではなかったので,企業にとってそれほど負担にならなかったもの思われますが,それでも多くの企業にとって健康経営が取り組むべき重要な“戦略”として位置づけられていると推察されます.表1に、健康経営優良法人の調査票回答数の推移を示します。

表1顕彰制度の健康経営度調査票への回答数(著者作成)(参考:経済産業省、健康・医療新産業協議会 第7回健康投資WG 事務局説明資料1、令和412月)https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/kenko_iryo/kenko_toshi/pdf/007_02_00.pdf

上場企業大規模法人中小規模部門
2015493  
2016573  
2017608726397
20187181,239816
20198691,8002,899
20209642,3286,095
20219702,5239,403
20221,0582,86912,849
20231,1283,16814,430

 ここで,経済産業省が定義する「健康経営」とは、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することです。企業理念に基づき、従業員等への健康投資を行うことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につながると期待されます。

 次に,昨今、健康経営に取り組んでいる企業が増えているのは、どのような理由によるのでしょうか。それは、健康経営が会社の業績などに好影響を与えているからです。図2に、経済産業省が期待する健康経営の効果を示します。

2:「健康経営・健康投資」とは(引用:経済産業省、健康経営の推進について、20226月、P.12https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/kenkokeiei_gaiyo.pdf

特徴としては、健康経営に関わる費用はコストではなく投資であり、リターンが期待できる点が挙げられます。また、そのリターンは、従業員の健康増進、活力向上だけでなく、離職率の低下や優秀な人材獲得などのリクルート効果をもたらします。さらには、組織の活性化や、日本の課題である生産性向上といったモチベーションのアップ、イノベーションが起こる可能性、また、これらによる業績や株価、企業価値の向上まで期待できるのです。

私は、経済産業省が健康経営の顕彰制度を始めた2015年から、経営学者として健康経営の研究を進めてきました。研究を通じて、健康経営には当初想定していなかった多くの隠れた可能性(効果)があることが分かりました。イノベーションが起こる可能性、ウェルビーイング(Well-Being:幸福、健康の意)が高まる可能性、地域の健康に貢献する可能性、日本全体のヘルスリテラシー向上の可能性などです。また新しいバズワードとして「人的資本経営」があります.本連載では5回にわたり、健康経営の推進を担当している経済産業省の、健康・医療新産業協議会 健康投資WGを参照しながら,シリーズで健康経営の研究を通じて,明らかになった今までわかってきた効果等などを紹介していきます。

※「健康経営®」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
※コラム記事は執筆者の個人的見解であり、オムロン  ヘルスケア株式会社の公式見解を  示すものではありません。

 

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著者プロフィール 新井卓二氏(Ph.D. MBA)

山野美容芸術短期大学 教授、新井研究室主宰
公益財団法人日本ヘルスケア協会 健康経営推進部会 副部会長
一般社団法人社会的健康戦略研究所 運営委員&特別研究員

証券会社勤務を経て、法人向け出張リラクゼーション株式会社VOYAGEを創業し売却。その間、明治大学ビジネススクールTA、昭和女子大学研究員、山野美容芸術短期大学講師を経て現職。著書に「最強戦略としての健康経営」、「ヘルスケア・イノベーション」、「経営戦略としての『健康経営』」、他「『健康経営』の投資対効果の分析」等健康経営の論文多数。