第1回『花粉症とプレゼンティーズム(疾病就業)』

第1回:2019年3月23日更新

 

 

著:岡浩一朗
(早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授 博士(人間科学))


この時期、ひどい花粉症に悩まされて、仕事のパフォーマンスを大きく落としている方が多いのではないでしょうか?

日本における花粉アレルギーの有病率を調べた全国調査によると、スギ花粉症の有病率は26.5%と言われており、少なくとも日本人の4人に1人がスギ花粉症を抱えていることが指摘されています。また、東京都より公表された「花粉症患者実態調査報告書(平成28年度)」によると、都民のスギ花粉症の推定有病率は48.8%と衝撃的な数値が示されており、10年前よりも約20%も上昇しています。

花粉症の場合、会社を休むほどではないけれども、目がかゆくなり泣きながら仕事をしていたり、くしゃみ・鼻水が止まらないなどの症状が出てくると、仕事の手を休めて鼻をかんだり、頻繁に洗面所に行くという行為が1日に何度となく繰り返されます。また、症状や薬による副作用などで、仕事に集中できず小さなミスを繰り返してしまう、判断力が鈍り落ち着いて考えられないため、仕事の効率が悪くなるといった問題に悩まされることになります。さらに、余暇の時間でも外出そのものや外で運動することを控えたりすることが多くなり、身体活動不足に陥りがちです。

この花粉症による経済損失に関して、米国のダウ・ケミカル社による1万人の社員を対象にしたアレルギーなどによる労働損失に関する調査によると、花粉症を含むアレルギーによる損失は、1人当たり年間5000ドル(約60万円)と試算されています。わが国でも少し古い調査になりますが、2000年に科学技術庁が発表した調査では、花粉症が原因となる医療費や労働効率の低下による経済損失が2860億円というデータがあります。当時よりも花粉症の有病率が激増していることを勘案すると、現在はこの数字を大きく上回る損失となっていることは容易に想像できます。また最近では、第一生命経済研究所は花粉症が原因で外出を控えることによって個人消費が約7500億円も減少するとの試算を公表しています。

毎日忙しく働いている人は、「職場に迷惑がかかるから」、「急ぎの仕事があるから」、「欠勤すると評価が下がるから」といった理由から、花粉症によるひどい体調不良を抱えているにもかかわらず、よほどのことがない限り、つい無理をして出社してしまいがちです。このような、出勤しているのに体調不良が原因で、労働意欲や集中力が低下し、本来発揮されるべきパフォーマンス(職務遂行能力)が低下した状態のことを「プレゼンティーズム(疾病就業)」と呼んでいます。体調が悪くても頑張って出社したけど、結局仕事にならなかったといった話を聞くことも多いのではないでしょうか。このような体調不良のまま働く「プレゼンティーズム」は、病欠で休む「アブセンティーイズム(疾病休業)」よりも労働損失が深刻である可能性があるのです。

もちろん、できうる限り個人レベルで花粉症対策を行うことは重要なのですが、「プレゼンティーズム」による労働損失を減らすという観点から、企業の「健康経営」の一環として花粉症対策を推進していくことの重要性が認識されるようになりました。従業員の健康は重要な経営資源であり、経営戦略の1つとして従業員の健康づくりを支援することが重要なのです。

効果的な花粉症対策のために、ヤフー株式会社では10秒で花粉を落とすことができるダストクリーナーを備えたエアシャワーや、高機能の空気清浄機を設置した花粉症対策フロアを整備し、花粉症の従業員が働きやすい環境づくりを行っています。職場内での花粉の飛散を抑えることで、くしゃみや鼻水をある程度防ぐことが可能になるでしょうし、鼻をかんだり洗面所に頻繁に向かう時間を減らし、症状や薬によって失われる集中力や判断力なども改善することが可能になるかもしれません。また、株式会社ラフールでは福利厚生の一環として2年ほど前から「花粉症手当」を導入し、組織をあげて花粉症対策を行っています。この手当を申請すると、花粉症用のスプレーや専用マスク、目薬といった花粉症対策グッズが支給されるとのことです。さらに、対策グッズを支給する以外にも、ひどい花粉症による通院でかかった費用を全額会社が負担する制度も導入しています。

空気清浄機の設置にせよ、花粉症手当の導入にせよ、花粉症に起因する「プレゼンティーズム」による労働損失を防ぐ「健康経営」を推進することにより、従業員は「私たちのために会社はこんなに手厚くサポートしてくれた」と感じるのではないでしょうか。その結果、ワーク・エンゲイジメント(従業員が仕事に対して感じている充実感や就業意欲)が高まり、労働生産性の向上につなげることができるかもしれません。

 

※コラム記事は執筆者の個人的見解であり、オムロンヘルスケア株式会社の公式見解を示すものではありません。


著者プロフィール(岡浩一朗氏)

1999年に早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程を修了し、博士 (人間科学) の学位を取得。早稲田大学人間科学部助手、日本学術振興会特別研究員 (PD) 、東京都老人総合研究所 (現東京都健康長寿医療センター研究所) 介護予防緊急対策室主任を経て、2006年4月に早稲田大学スポーツ科学学術院に准教授として着任。2012年4月より現職。専門は、健康行動科学、行動疫学。
岡浩一朗オフィシャルウェブサイト http://www.f.waseda.jp/koka/