第1回『「気が利く」を実現するデータ活用』

「気が利く」を実現するデータ活用

第1回:2019年3月19日更新

 

 

著:鈴木良介
(野村総合研究所ICTメディア・サービス産業コンサルティング部、上級コンサルタント)


新橋のラーメン屋に入り、券売機を前に何を注文しようかと悩み始めると、券売機のとなりにいるかわいらしいロボットが、「鈴木さん今月は三回目のご来店ですね。いつもこってりしたものを食べてらっしゃいますから、この春の新メニューはいかがですか?」と話しかけてくる[i]

デジタルネイティブにとって見ればもはや当たり前のこの光景は、巨額の研究開発投資に支えられたものだ。このラーメン屋は700円のラーメンを売るために、1兆円かけて作られたアルゴリズムを利用している。当然、ラーメン屋にはそれほどの投資余力はない。グローバルで活躍する巨大企業がよくできたアルゴリズムを気前よく、お手頃価格で提供しているからこそこのような事が可能になる。

情報・通信技術の特性はなんだろう。他の業界には無く、あらゆる業界が情報通信技術に注目するべき大きな理由は、劇的な値崩れにある。5年前と比べて、同じことをするための費用が半分になる業界はほとんど無い。エネルギも、人件費も、地代も、原料費もそのような値下がりはしない。この値崩れのスピードが事業者を新しいことへと駆り立てるのである。この値崩れを活かす事業者は生き残り、活かせない事業者は負ける。これが昨今のデジタル変革である。

2011年以降、ビッグデータ・IoT・人工知能などさまざまなキーワードが寄せては返す波のように登場している。流行り言葉のように見えるかもしれないが、すべて同じことを言っている。「データを取るコストが下がったのだから、それをうまく活用して気が利くサービスを実現し、商売や社会をより良いものにしよう」ということだ。

「気が利く」とはどういうことだろう。データ活用の象徴的な事例を通して、その点を考えよう。紹介するのは、プロのドローン操縦者向け保険を高度化する英国フロック社の保険サービスだ。

これまでのドローン保険は、「保証期間1年間、年額10万円」といった保険が一般的であった。フロックが新たに提供を開始しようとしているのは、「飛ばすたび保険」とでも呼ぶべき、その場のリスクに応じて細かい単位の掛け金設定を行う保険だ[ii]

契約者はドローンを飛ばす際に、アプリを立ち上げ「これから飛ばす」ボタンを押す。すると、位置データからどこで飛ばそうとしているのかが捕捉され、そのエリアの現在の気象状況、周囲の高層建築物の有無などのデータが収集され、「その場その時にドローンを飛ばす」リスクが算出される。そして、そのリスクに応じて向こう一時間の保険料が算出され、同意をすれば契約がはじまる。これは「年間10万円」という大ロット・固定費であった保険サービスを、「飛ばすたびに合理的なリスク算出と課金」という小ロット・変動費に変えるサービスだ。

この事例が示すように「気が利く」と感じさせる源泉は、それぞれの人について、その場その時の状況に最適な対応を行うことにある。冒頭のラーメン屋のロボットのオススメも、スーパーで配られるクーポンも、ECサイトでおすすめされる商品も、共通する気の利かせ方をしている。ビッグデータ、IoT、人工知能はそのための道具だ。3つの概念に注目が集まる背景をおさらいしよう。

それぞれの人についてその場その時の状況に最適な対応を行おうとすると、一人ひとりに関して、高頻度なデータが必要になる、そのようなデータは結果としてサイズが大きくなる。よってビッグデータに注目する必要がでてくる。

IoTとは、さまざまなモノがネットワークに接続されることだが、つながるとどうなるのか。そのモノがどのように使われているか把握することができるようになる。たとえば、電動歯ブラシの中にはネットワークに接続され、ちゃんとした歯磨きを行うようアドバイスをするものが出てきている。モノを作っていた会社は、これまでそれが顧客によってどのように使われていたか把握することは難しかった。しかし、その使い方を理解し、深く関与できる初めて時代がやってきている。

さまざまなデータが大量に手に入るようになっても人間がそれを目で見たのでは理解しきれない。そこで役に立つのが人工知能(AI)だ。AIは人間が行うような認知や判断を代行してくれる。たとえば、防犯カメラの映像を大量に流し込むと人間の警備員が気にしそうな人や車が写り込んでいるシーンだけを自動的に抽出してくれるようなサービスも出てきている。これは、警備員の認知・判断をソフトウェアが代行するサービスといえるだろう。

大量のデータから情報を抽出し、情報にもとづいて最適な施策を実行し、経済的・社会的な効用を得る取り組みが急速に進みつつある。いったい、どのような使い方がでてきているのか、本コラムの中で紹介していきたい。

[i] 「日本初!AIとロボットを活用した顔パスサービス開始」鶏ポタ ラーメン THANKプレスリリース(2017年2月)

[ii] Flock社ウェブサイト、https://flockcover.com/(2019年2月閲覧)

 

※コラム記事は執筆者の個人的見解であり、オムロンヘルスケア株式会社の公式見解を示すものではありません。


著者プロフィール(鈴木良介氏)

野村総合研究所ICTメディア・サービス産業コンサルティング部、上級コンサルタント。2004年、株式会社野村総合研究所入社。近年では、ビッグデータ・IoT・人工知能などのテクノロジが事業・社会にもたらす影響の検討および新規事業立ち上げ支援を行う。科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業CRESTビッグデータ応用領域領域アドバイザー。著書に『データ活用仮説量産フレームワークDIVA』(日経BP、2015年)