第8回:テクノロジの活用による「置き換え」「共助」「顧客による貢献」

第8回:2020年2月6日更新

 

 

著:鈴木良介
(野村総合研究所ICTメディア・サービス産業コンサルティング部、上級コンサルタント)


高齢化や人口減少が進むと、生活者一人ひとりにかかる社会インフラの維持コストは高くなる[*1]。
利用頻度も低下するし、割り勘の頭数が少なくなるためだ。社会機能の担い手が少なくなる中で、情報通信技術はどのようにその課題解決を助けることができるだろうか。
本稿では「置き換え」「共助を促す」「顧客による貢献」という3つの方策を示す。

1つ目は置き換えだ。
ソフトウェによる社会機能の置き換えは、ちりめんじゃこの製造における人工知能(AI)活用にまで至っている[*2]。
海産物卸のカタオカと尾道市立大学は、ちりめんじゃこ製造工程における異物除去のためのAIを開発した。
現在は、約30人が目視で確認を行っているが、一度の目視では半分も検出できず、目視ラインに3度流すなどしている。
異物といっても小さなエビ・カニなどなので、「当たりだ!」と喜ぶ人もありそうだが、アレルギーを持つ人にとっては大きな問題であり、学校給食の製造者などからクレームが入ることがあるという。
開発されたAIは異物識別を70-80%の精度で行う。

AIは人間でなければできないと考えられていた認知や判断をコンピュータが代行する。
つまり、人間の目や耳の代替だ。
ちりめんじゃこの異物混入確認のように、人間が行ってきた認知・判断のうち、ソフトウェアが代行できる範囲は広がっている。

2つ目は、共に助け合うこと、すなわち共助を情報通信技術の活用によって、促す仕組みづくりだ。
ある仕事、役割にだけ専念するのではなく、必要に応じて複数の役割を果たす。

たとえば、フランス発祥のブラブラカーというサービスがある[*3]。
これはあいのり支援であり、ウーバーのような運転代行ではない。
よって、ブラブラカーのドライバと同乗者には主従関係がなく、フラットな人間関係を指向している。
この考えを実現するべく、ブラブラカーでは、目的地と金額といった基本的な条件に加え、タバコを吸ってもいいか、ペットを連れていても良いか、運転中に音楽がかかっていても良いか、おしゃべりは好きか、といったことを同乗者のマッチングを行う際の判断基準として重視する。
おしゃべりが好きかどうかは特に重視され、「ブラー」から「ブラブラブラ―」の三段階でマッチングされる。
ブラブラカーの理念を推察するに、彼らは真の課題は合理的な移動ではなく、「楽しく、不快な思いをすること無く移動したい」であると考えているのだろう。

国内でも離島など、公共交通機関が不十分な地域においてあいのりサービスを導入するケースが出てきている。
「手伝って!」「手伝えるよ」という需給をマッチングさせるしくみへのニーズは、一人が複数の役割を果たし、その分担を適切に行う上で、大きな力を発揮するだろう。

「ソフトウェアによる代替」や「一人が複数の役割を果たす」は、あるニーズを充たすために、そのリソース提供を情報通信技術を活用して効率的に行おうとするものだ。
3つ目として、ニーズ自体に介入すること、すなわち顧客による貢献を取り付ける施策を取り上げる。

ウーバーが提供するあいのりサービスであるウーバー・エクスプレス・プールでは、自宅にウーバーを呼び出すと「もしよければ、そこから300メートル移動して大通りまで出てきてくれませんか?ご協力いただければ、1.2ドル割引します」といった調整を行っている。
ウーバーとすれば、ドライバーが細い路地に入り込み道に迷ってしまえば、顧客満足度は下がるし、ドライバーとしても稼げるはずの時間をムダにすることになる。
よって、所定の条件を満たしたときには、本来対価さえ払えばよいはずの顧客に対して「300メートルの徒歩による移動という労役」を打診する。
嫌な客は断ればよい。
どうせ待ち時間だからと協力する気になった顧客は1.2ドルと引き換えに協力をすれば良い、という仕組みである。

このような施策が可能になったのはスマホとそれを基盤としたアプリ経済が定着したことによって、事業者と顧客の間の「調整コスト」が下がったためだ。
また、ここからの10年で調整コストはさらに低減するだろう。
理由は人工知能の成熟だ。
近年、チャットボットが登場したのはその萌芽事例だ。
人間が行ってきた音声でのやり取りにがソフトウェアによって低いコストで実現できるようになれば、調整の裾野は更に広がるはずだ。

以上、社会を維持する役割の担い手が減っていく中で、情報通信技術が果たしうる役割を示した。
ソフトウェアに任せられる仕事はそれらに任せるとともに、市民として顧客として他の市民を助けたり、事業者に対して「私は急ぎませんよ」と助けるような取り組みが進んでいくのではないだろうか。

[*1] 「平成25年年次経済財政報告」、内閣府(2013年7月)
[*2] 「ちりめんじゃこ、AIで異物除去、広島の産学が技術開発」、日経MJ(2019年12月6日)
[*3] 「DJ -欧州配車アプリのプラブラカ一、評価額1800億円に」ダウ・ジョーンズ米国企業ニュース(2015年9月)

 

 

※コラム記事は執筆者の個人的見解であり、オムロンヘルスケア株式会社の公式見解を示すものではありません。


著者プロフィール(鈴木良介氏)

野村総合研究所ICTメディア・サービス産業コンサルティング部、上級コンサルタント。2004年、株式会社野村総合研究所入社。近年では、ビッグデータ・IoT・人工知能などのテクノロジが事業・社会にもたらす影響の検討および新規事業立ち上げ支援を行う。科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業CRESTビッグデータ応用領域領域アドバイザー。著書に『データ活用仮説量産フレームワークDIVA』(日経BP、2015年)