第4回『私のことを、私よりもよく知るチャットボット』

第4回:2019年7月3日更新

 

 

著:鈴木良介
(野村総合研究所ICTメディア・サービス産業コンサルティング部、上級コンサルタント)


Super Duper社が提供するSatisfoodは、訪日外国人向けの「チャット型AIレストランメニュー」である[1]。これはとても気が利くチャットボットだ。

本サービスが提供される背景には、訪日外国人の「爆買い」はあっても「爆食」は起きていないという問題意識がある。日本食に対する期待は高いにもかかわらず爆食が起きていないのは、ひとえに料理の説明を外国語で行うことは難しいためである。

ましてや、地元民が舌鼓を打つような相性の良い食い合わせのオススメは至難の業だ。結果、「採れたてのアジのたたきと地元の銘酒」を頼むことなく、「初日に食べることができた」という経験だけで焼き鳥と焼きおにぎりを頼んでしまう。店員も英語で説明できる自信がないため、なじみ客にするような接客はできない。これでは注文は増えず、店としても売上が伸びない。

そこでSatisfoodはお気に召しそうな料理を5ヶ国語で提案する。ベジタリアンなど食べられないメニューがある顧客に対しても設定しておけばそれも避けてくれる。店員の負担も減るし、顧客も喜ぶ。

顧客対応の迅速化・効率化を目的にチャットボットを導入するケースは増えている。今までであればコールセンターが対応していたような問い合わせへの対応をチャットボットで行うものだ。これは合理性を追求した取り組みだ。一方、Satisfoodは旅先にいる地元の友達であり「え!なめろう食べたことないの!?めっちゃ美味しいよ」といった官能的な提案をする。

テクノロジ活用のゴールは「ITに投資しても元が取れる」合理性の追求か、「ITを活用してこそ初めて提供できる新しい体験」を目指す官能性の追求に大別されるが、チャットボットについても合理と官能の追求が行われている。

もう一つ異色のチャットボットを紹介したい。イタリアの高齢化研究機関Italia Longevaが開発した”Chat Yourself”だ[2],[3]

Chat Yourselfはアルツハイマー病患者向けに開発されたものであり、そのチャットボットが有するデータは自分自身に関するデータだ。アルツハイマー病患者は、病気の影響で記憶は徐々に失われる。そのようななかで人に尋ねる恥ずかしさを軽減することを目的としている。

たとえば、チャットボットに対して「娘の名前は何だったか?」と尋ねれば、「あなたの娘の名前はモニカで、この子だよ」と写真付きで教えてくれる。外出中に「いま自分がどこにいるのか」と問えば地図付きで現在地を教えてくれるし、「鍵はどこに置いていたっけ」と尋ねると事前に登録した「いつも置いている場所」を教えてくれる。利用開始時に数十の定型質問に回答するしくみであるため、分析として凝ったことをしているわけではないが、その社会的効用は明らかだ。

また、Chat Yourselfの考え方は決してアルツハイマー病患者に限定されるものではない。それ以外の人も物を忘れるし、無くし物もする。プライベートな話なので、誰が知っているかと言われれば自分しか知らない。そのような「自分よりも自分に詳しい」チャットボットは便利だろう。チャットボットは「データの読み取り口」だが、Chat Yourselfは他の人が使うことを想定していない「わたし専用の、わたしに関するデータの読み取り口」とみなせる。

このように考えると、Chat Yourselfのような取り組みの新たな展開が想像される。たとえば、いま話題の情報銀行と関連付けられないだろうか。

情報銀行は「自分自身のデータを自分自身でコントロール」を標榜する考え方だが、「なぜ情報銀行にデータを預けるのか」に答える強力なキラーアプリが不明瞭である。Googleの「検索」や、Amazonの「購買」といった、データ収集のためのきっかけがよくわからないのだ。

そのようななか、「自分自身の備忘録」であるChat Yourselfのような取り組みが、意外とプライベートなデータをお預かりするためのキラーアプリになるかもしれない。「原則秘密にしますけれど、買い物備忘録のようなスーパーと連携したほうが良さそうなデータについてはつどあなたの確認をとった上でスーパーと連携しますね。そうそう明日の振込予定に関するデータは銀行と連携していいですか?」というコミュニケーションを通してデータ連携を促すことは筋が良いように感じる。

 

[1] 「Satisfoodウェブサイト」、https://satisfood.co/(2019年3月閲覧)

[2] “Chat Yourself”, https://sites.wpp.com/wppedcream/2017/data-investment-management/chat-yourself/ (2017年)

[3] 「アドパーソン12人が選んだ『インサイトドリブン』な海外広告事例【5】淮田哲哉」宣伝会議(2017年9月)

 

※コラム記事は執筆者の個人的見解であり、オムロンヘルスケア株式会社の公式見解を示すものではありません。


著者プロフィール(鈴木良介氏)

野村総合研究所ICTメディア・サービス産業コンサルティング部、上級コンサルタント。2004年、株式会社野村総合研究所入社。近年では、ビッグデータ・IoT・人工知能などのテクノロジが事業・社会にもたらす影響の検討および新規事業立ち上げ支援を行う。科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業CRESTビッグデータ応用領域領域アドバイザー。著書に『データ活用仮説量産フレームワークDIVA』(日経BP、2015年)